アンティークな外国のものを集めるのが好きでした。飾り付けも得意で、将来インテリアの仕事をすることが夢で、小さな絵美子ワールドを現出させていたようです。
娘の愛したペットのこと
何かにすがりたい。何かささえとなるものはないか。
通夜、葬儀、初七日、四十九日、納骨と、わけも分からず親戚、友人に支えられたあわただしいある期間が過ぎると、どうしようもない寂寞感にさいなまれ、娘の死という現実が心に重くのしかかってきます。
何をするのでもなく、思い出の中で一日を過ごし、酒の力を借り、眠れない夜はテレビ映画の画面だけを追って朝を迎えるという日が続きました。

そんな生活の中でも、私たちに一条の元気を与えてくれたのが愛犬パディと愛猫ジャックです。
いつもは娘が愛情をこめて世話をしていたペットたちです。生き物ですから、朝夕の食事、排泄物の処理、散歩と否応なしにやらなければなりません。
そんな時、フッ と何かを忘れている自分を発見します。娘の愛したペットたちを世話をすることが娘と接することと同じように感じられ、少しずつ外界とも接触が持てるようになったことを思い出します。

古いジュークボックスで自分の好きな音楽をよく聴いていました。


アフリカや東南アジア、ミクロネシアの民族楽器も自慢のコレクションです。

宗教書に答えを求めたことも
仏教とは縁遠かった私たちが、ワラにもすがる気持で一番最初に手にしたのがひろさちやさんの「てのひら般若心経」(小学館文庫)という小さな本です。お地蔵さんの愛らしい写真と般若心経が分かりやすく書かれていました。
「般若」とは何か。「空」とは、「彼岸」があり「此岸」があるというようなことをむさぼり読んで、朝な夕なに唱えました。
そして宗教書をいろいろ買い求め四六時中読むようになりました。
それは「娘はどこへ行ってしまったのだろう」という疑問への答えを見つけ出そうとしたからです。
難しいことは分かりませんが、仏やキリストの世界があり、一足早く娘はそちらへ旅立ったということ。そして、愛と慈悲の心により世の中に貢献したものから順番に神の世界へ旅立てること。その為には、自分自身の心を磨くことだと勝手に理解し、少し気持ちが軽くなったように感じました。


気に入ったルート66の豆電球入りパネル。「大草原の小さな家」のような開拓期のアメリカに興味を持っていた。

本やCD、ガラスの古いビン、食器、マグカップなどのコレクションが多い